FC2ブログ
主に経済に関する積極財政派の覚書。
トロロの覚書
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ページトップへ
貨幣に「負債性」があるか?
2009-02-14-Sat  CATEGORY: 未分類
久しぶりにピーター・タスカの発言を聞いた。財政再建や構造改革を主張していた日本のエコノミストたちはマゾヒストか?と揶揄した人物だ。その発言は正しい。

《日本の「ひどい固定観念」が株式相場の足かせ-ドレスナーのタスカ氏 2月4日(ブルームバーグ):
ドレスナー・クラインオート証券のコンサルタント・ストラテジスト、ピーター・タスカ氏は、日本政府はここ数週間で新たに2つの景気刺激策を打ち出したが、低迷する株式市場を深刻化するリセッション(景気後退)から救出するには、さらなる対策が必要だとの見方を示した。
タスカ氏は、日本政府が国の債務に関する見当外れの懸念を理由に積極的な措置を避けていると指摘。日本経済には日本銀行による紙幣増刷で物価安定を促進する量的緩和策と、需要喚起と信頼回復に向けた財政出動が必要だと強調した。》
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90003017&sid=acNPM1n5Noxo&refer=jp_japan

要するに日銀の紙幣増刷と積極財政――このワンセットで現下の危機は乗り切れるのだ。危機の根本原因は有効需要の不足。有効需要の不足を補い経済を好転できるのは政府の財政政策のみ。財政政策には財源がいる。国債を発行するのが常道だが、時間ばかりがかかり、大胆な政策が打てない。マゾヒスト=エコノミストがわが国には多すぎる。政府紙幣を発行してもよし、これを日銀に売り日銀券増刷させるもよし、国債を発行してこれを直接日銀に買い取らせるもよし。これだと国会決議だけで出来る。(財政法第五条  「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。」)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO034.html

政府紙幣は負債であると言う人がいる。エコノミストとして名高い熊野英生という人が数年前「政府紙幣についての思考実験」と言うレポートを発表している。スティグリッツの政府紙幣発行論に反対してこう言っている。

《 政府紙幣は、「負債ではない」と言っているが、これは間違いである(資料1)。日銀券(お札)は、日銀の負債である。銀行券は、日銀貸出・オペの担保を裏付けにして供与された日銀当座預金の代替物である。オペの担保資産を裏付けに、日銀券は発行されている。政府紙幣も、国債と同じく政府の負債であると理解すべきである。
 スティグリッツは、満期がない国債は返済義務を負わないと考えているが、この点も誤解である。政府紙幣は、一覧払い小切手であり、それが政府に持ち込まれた時点で応じなければならない。歴史を紐解くと、イングランド銀行が発行していた初期の銀行券は、その使用者が窓口で支払いを請求した時には、額面相当の金(ゴールド)を支払う義務を負っていた。これは負債としての義務の履行が、金の支払いであったことを物語るものだ。不換紙幣になってからは、税金など対政府支払いに応じる義務に変わったと解釈できよう。法貨の実体的根拠は、紙幣が対政府支払いに応ずるという「最後の引き受け手」を担うことにあると、筆者は理解している。 こう考えると、政府紙幣に償還期限がないという意味は、返済義務がないのではなく、「いつでも受け取り義務を果たさなくてはならない」ということになる。》 
http://group.dai-ichi-life.co.jp//dlri/kuma/pdf/k_0305c.pdf

ところがよく考えて欲しい。流通する通貨が《法貨》(法律上通貨と認められた通貨)である限り、債権者は金銭債務の債務者が法貨を以って債務を履行しようとする行為を拒否できない。個人であろうと法人であろうと、法人たる政府であろうと同じである。法貨の流通強制性の問題だ。政府紙幣による債務の履行を拒否した上で、相手方の債務不履行を裁判所に訴え出ても法は債権者を保護しない。相手方の債務者は供託すれば債務を履行したものとみなされる。

日本国内では政府のみならず国民は全て法貨たる政府紙幣を「いつでも受け取り義務を果たさなくてはならない」のだ。これが法の立場だ。熊野氏はこの常識を忘れているのか、故意に無視しているのか、それは断定できない。後者が多分本当だろうと思っているが…。

わが国には貨幣真理教のような原理主義がはびこっている。貨幣に何か神秘的な「神性」が宿っているような事を言う。ある人に言わせると、貨幣には負債性があるとケインズが言ったそうだ。だから政府紙幣にも負債性がある。従って政府紙幣は資産ではなく負債だとなるわけだ。金本位制の下では紙幣は兌換券であるから、政府は紙幣と金を交換する義務があった。まさに負債性があった。しかし現代においてもそれがあるというなら、その根拠を示さなければならない。熊野氏はそれに挑戦し、見事に破綻した。
スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL


余白 Copyright © 2005 トロロの覚書. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。